車窓から見る、イメージの電柱・跳び超え

父の運転する車に乗り、左側の後部座席から車窓を眺めていることが多々あった。
側面、真横からの車窓なので、めくるめく景色が流れてくる。(たいてい、車窓というと、遠近法を感じる角度で眺めることが多い。その場合は、中央から端側に景色が迫り、流れ出てくる感がある。)道路には電柱が立っている。ある程度、一定速度で走っている車の側面・車窓には、電柱がある程度一定の間隔で現れる。幼い頃の自分には、それが区画、箱のように感じ、いつしか、それをイメージで跳び越える遊びをしていた。ちょうど陸上のハードルを跳びながら走るように…
ある程度、一定の間合いで電柱がやってくるので、上手く跳び越えることができるが、もちろん時々は間隔が長いこともある。
この時の自分は、正に、視覚からのリズムを感じていたのだと思う。
電柱が来る時点が、拍の頭だとして、電柱から電柱への間隔、その間にとても楽しみを覚えていた。
電柱を跳び越え、放物線を描きながら軌道に戻り、走り続け、また次の電柱で跳び越える動作を繰り返す…  正にこれは拍の頭の兆候を示す電柱を切っ掛けに、エネルギーが発生し、その拍の長さをどう表現するか、ということと非常に似ていると思った。
電柱が来る瞬間よりも、むしろ跳び越えた後の着地をし、走り続けている短い間(ま)が面白かった。
電柱を跳び越え、走り続け、また電柱を跳び越え、走り続ける…  という tempo として感じられる頃合いのよいもので、その繰り返しであるため、本当に、曲中でリズムを刻むのとそっくりな間隔だ。…だから楽しかった… ☆

 

昔… フックト・オン・クラッシックスというのがよく街中で掛かっていることがあった。ディスコビートに乗って、ヨーロッパの名曲をメドレーで繋ぐアレンジのものだ。自分でもエレクトーンで弾いたことがある。
メロディーには、それぞれ固有の重心と、ハイライトに当たる部分がある。それがディスコビートの強烈な4つ打ちになると、そのメロディー本来の重心とハイライトを崩してしまうことに他ならない。

 

アウフタクトから始まるメロディーは、星の数だけあるだろう。アウフタクトとは次に来くる1拍目を印象深くさせるためのものだ。
先に書いた電柱の直前で跳び、電柱の真上の部分で1拍目の頭となりアタックとなり、放物線は発音直後の音色の変化、着地〜走り続けている時間は、その音をどのように表現するか、という概念によく似ているな… と思っている今日この頃… ( ͡° ͜ʖ ͡°)

 

佐伯モリヤス談 ^ ^


 

 

 

 


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